22日13時より、旧このみ屋店舗で、新しい後援会事務所の事務所開き。
後援会長の伊藤弘美先生は、喉の手術をされ、この1カ月、入院中。しかし、毎日、メールをくれて激励や指示をくれています。命懸けで、身内でもない、私を支えてくれているのです。
劇団すがおの加藤武夫代表も、いろいろ走りまわってくれています。たけさん、石垣さん、岩谷さん。本当に、心から感謝しかないです。
雨の中を、ひたすら歩き、やっと、山口の集落に。優しく語り合う初めての市民の皆様。山口集落の歴史、増える空家のこと、そして、獣害・・・。
1軒、1軒、歩くと、暮らしが見えます。現状が分かります。
いかに私の世界が狭かったか?私たち、個人が知っている世界など、実に狭く、世の中には様々な暮らしのかたちがあります。人にもっと寄り添いたい。そう思います。
物書き、劇作家になったのも、結局、その思いからです。私、人が好きです。人生が好きなのです。
事務所開きの司会を、三重県内唯一の同郷で幼馴染の女性にやって頂きます。中学校では同じバレー部。こどもの頃の僕を知っている人です。同じ塩山カトリック幼稚園でした。
また、旧JAいなべの営農経済部長で『いなべっこ』を作った伊藤明雄さんに開式、閉式の辞を。そして、乾杯を、私の編集者としての女房役の森千秋さんにして頂きます。
そんな私、どんなおもてなしができるか?思いを伝えられるか?
歩きながら、車を走らせながら、ずっと、ずっと考えていました。私の原点・・・?私とは?
ラジオから、たまたま懐かしい歌が流れました。歌か・・・・歌だ・・・・・
懇話会もライブにしたらどうか?対話型のライブ。そんなに曲数は、練習もしていないので、できない。合間に、集まってくれた人たちと語らう。
多分、雨。その雨の雰囲気を感じながら、ぜひ、語り合いたい。
いなべ市の現在について、未来について。
事務所を貸してくれた杉ちゃんが言ってくれた。
『篠原さんらしく、とんがった活動を期待しています!』と。
杉ちゃんの親父さんとおふくろさんに、こうお礼を言いました。
『40年間もいなべ市のためにうどんを提供してきた愛着ある店を貸して頂けるのは、大変、有難く、光栄です。このみ屋のうどん、忘れません!多分、忘れられない市民はたくさんいます!そんな店で、私が戦いの門出を飾れるのは、本当に幸せです』と。
是非、「このみ屋」でお会いしましょう!!
※(注)うどんは、ありません。
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