たまに出会う、あまり好きでない人。いや、好きになれない・・・。
影では、人のことをむちゃくちゃ言い、しかし、表では卒なくこなし、人格者におさまっている人。世間的には、人格者で通っていて、なかなかの評判だったりする。
上手に、力を持っている人にも取り入ることができるし、人の欲しいものを即座に計算し、まめさもあるから、どんどん評判も上がる。
一種の天才だな・・・と思う半目、
私は、どうも、好きにはなれない。
世の中、どう歩めば、要領よくいけるかを、熟知している。
なんとはなしの小賢しさは、生理的に好きになれない。
ある意味、私とは、正反対である。
まあ、私も私で、自分でも・・・どうなのか?
と、劣等感に苛まれながら、試行錯誤を繰り返すのだが。
正直。とは何か。
時に正直や正義は、鋭利な刃物のように人を傷つける場合がある。
自閉スペクトラム症の方の特徴のひとつとして、正直すぎるから、なかなか人間関係が育めないというものがあるが、逆に、その無垢な正直さが羨ましく映る場合もある。
トム・ソーヤの冒険の著者、アメリカの作家・マーク・トウェイン。
私は、彼が書いた、不思議な少年という短編が大変印象的だった。まあ、のちに、マーク・トウェインの未完の原稿を使った贋作であると判明した、問題作となったが、人間の本性と矛盾について、読後、しっかり考えさせられる名作とも言える。
あらすじを某サイトから引用する。
オーストリアの田舎の少年たちの前に、堕天使サタンの甥だという、天使サタンが現われた。
サタンは、奇蹟も起こせたが、病気の人を助けると言っては、殺してみたり、人を幸せにするといっては、気を狂わせてみたりする。
そしてサタンは、少年たちに、様々な人間の悪行、醜さを見せつけ、「この世の物は、全て馬鹿げた夢だ。ただあるのは、空虚な空間と、君の思惟だけだ」と言い残し、消えていく。少年は、その言葉に真実を感じていた。
正義と純潔の象徴である天使が語ることによって、人間の悪、醜さ、愚かさを風刺した作品。
宗教の世界では、人間が抱える本質的な罪について語られるが、人間とは、本来、罪深いもので、それを自覚して生きていかなければならない宿命を持っているのである。
私は、謙虚な人が一番すきである。
裏方でも、たんたんと仕事をこなし、決して自慢もしない。
宮沢賢治のアメニモマケズに登場する、静かに笑っているデクノボウ。
実は、そんな方々が、世の中の縁の下をずっと支えてきたのだ。
私も、人を批判、評価しがちなダメな人間だ。
しかし、自戒しながら、失敗しながらも、死ぬ前には
そういうものに、私は、なりたい。
引用サイト
http://ww5.tiki.ne.jp/~gakurou/library/fsgn.htm
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