市議会議員選挙を振り返る①

本日、12月1日、いなべ市議会12月議会が開会した。

当選証書は前に拝受し、今朝一で議員バッジが渡された。本日より、本格的に市議会議員としての生活がスタートしたわけである。

市議会議員に立候補を決めた時に、決めていたことがある。当落に係わらず、市議会議員など政治家を目指す方のための参考でもなるよう、今回の選挙のことをブログに書こうと。


8月30日、私は、東京大学で行われた日本地域創生学会という新しい学会の設立総会からいなべ市に帰宅した。この学会は、三重大学の前副学長の児玉先生からお誘いをいただいたもので、スーパー公務員として有名な木村 俊昭氏が理事長となりスタートした学会で、全国の地方議員、首長、まちおおし・まちづくり関係者が集まり結成した。

『総合計画はコンサルに頼らず市民たちで』などと提言する実にユニークで有望な学会である。

4月に北勢市域をテーマにした、ローカル誌『北伊勢Life!』を創刊した。共同発行人の森千秋氏(いなべ市に同姓同名の方がいて勘違いされている方もいたが、森氏は四日市在住のグラフィックデザイナーであり、今や四日市の夏のアートイベントとして有名となった「アートな蚊やり豚展」の主催者である)と、以前から、北勢地域のシニア向け媒体を創刊する話をずっと詰めてきた。インターネットが媒体主流となった今日、雑誌等の紙媒体は、出版不況という言葉が広く流布されているように、かなり厳しい。しかし、特化したローカルメディアは、地方創生の流れが後押しし、注目されている新しい全国メディアにもなりえる。地方の地域と都市、海外を結ぶ媒体に発展する可能性が今後は大いにある。それは、都市の大手出版社では絶対にできないことである。

このローカル誌の創刊をきっかけに、地方創生、地方×都市という知識と情報を集め、また、ネットワークをつくらねばいけないという思いが、この学会への私の参加意図であった。

私は、清水隆弘議員とは彼が市職員時代からの友人である。彼が6年前に、市役所を退職し、市議会議員の補欠選挙に出た時より、彼の後援会役員として彼を応援して来た。

加えて、5年前に、大安町内の事業主を中心に結成した、いなべ地域異業種交流会『いなべ人』。初代会長である太田耕司氏とは、親友と言えるほど私は仲が良い。太田氏とは、会えば数時間、市政やいなべ市のまちづくりなどに関して話をしてきた仲である。その太田氏も市議選に出られると聞いていたので、二人とも応援することを告げていた。

つまり、私は、今回、市議会議員選挙に立候補する意思は、全くなかった。

ただ、実際はいろいろな方から『篠原さんはいなべ市政にも明るいから出たら?』などと、半分冗談で言われてはいた。でも、「いなべ市には地盤がないので無理である」と言い返すと、まず、間違いなく「それはそうだね」という返事を頂いた。

一方「いなべ人」でこんなことを話していたことはある。昨年、いなべ人にサラリーマンの原田君が入会した。彼は、今回の選挙の前に、公開討論会を主催した人間であるのだが、もともと政治の在り方にも非常に興味を有していた。

いなべ人には、清水議員、伊藤のり子議員もメンバーでいることもあり、時々、雑談の中で、いなべ市政の現在について話す機会も多い。また、今回、会長の太田氏も立候補するとなれば、自然にそんな話になる。そうした中

『前回のように無投票しては絶対にだめだ』という話は何度も出た。だから、私は「無投票ならば私が出るから供託金をカンパしてくれ」などと、半分本気で言っていた。

また、「都市部のように公開討論会や立ち合い演説会を主催したい」とも話していた。いなべ市にはJCなど、そうした取り組みを行う若手の団体がない。それならば、有志やれないものか?というような話はしていた。

ここで、一つしっかり書いておかないといけないことがある。

結果的に、原田君と原田君の周囲に集った有志が、今回、いなべ市初の立候補予定者による討論会を行ったが、私も含めて立候補予定者は、全く係わっていない。原田君がやると決めた時に、我々は公平性保つ観点から、お互い話し合い、しっかり距離を置いたのである。

風のうわさであるが、某現職の議員が、「あの討論会には篠原が係わっているらしいから、行かない」などと適当なことを言っていたと後で耳にしたが、あの討論会を運営した市民の有志の方、約20名の名誉を守る意味でも、あえて、これをしっかり書いておきたい。

また、だからと言い、参加を見合わせる・・・というのも、おかしくはないか?

また、コーディネーターをやられた司法書士の小林聖仁先生がメンバーに加わってからは(小林先生は原田君のFBを見て自ら志願してスタッフに加わった)、選挙管理委員会やいなべ署にも細かく確認をとり、公平公正性を保つために全力で配慮していたと、討論会当日に伺った。告示寸前の討論会。公選法違反とならないように配慮をしていたのである。彼も昔から知人であるが、その辺りは「〇カ」が付くほどまじめ過ぎる男である。

こうした中、現職議員のほとんどの方が参加されなかったのは、個人的には大変残念であった。

市民目線では非常に貴重な機会であったと考える。現職参加はダブル清水氏に留まってしまった。


東京から帰宅した私が自宅の居間で目にした1枚のハガキ。ベテラン市議会議員の伊藤弘美氏から手紙であった。「今までありがとう。私の後を頼みたい。自宅に来てほしい!」。そう書かれてあった。

その手紙から、自分を取り巻く環境は急展開していくこととなった(つづく)


いなべ市議会議員 篠原史紀 しのはらふみのり WEB

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