夜中、事務所にある男が来てくれた。
おとんかつのひめのオーナー、石川力君である。
年下の彼から本気で叱られた。なぜ、来てくれなかったのかと。
もう、18年前か、初めて彼にあった。彼のもう一つの店、多度のあたごが再スタートした頃だ。彼が親父さんがやっていたこの店を再開するに当たって、病気で亡くなった親父さんと店の思いを聞いた。私は店取材で行ったのだが、彼の決意に感動し、後、個人的に語り合った仲である。あたごを再開するにあたり、彼の友人たちが店に集いスタッフとなった。彼らは、全員、熱い、熱い、思いをもっていた。
私も独立し2年目、がむしゃらに雑誌編集をしていた頃。ある意味、守るものはない、攻めの物書きであった。ブログに、溢れんばかりの想いを書きなぐり、石川君は常に読んでくれコメントを書き込んでくれた。
選挙事務所に来た彼は言う。
「そのメガネは、篠原さんらしくない。ライオンズクラブなんかに現を抜かしている篠原さんは変わってしまったのか?確かめに来た」と。
「なぜ、僕らの所に来てくれなかったのか?あれほど熱く語り合った私の縁を篠原さんは軽く見ていたのか」と。
確かに私は旧知の友のもとに足を運ばなかった。
我々は、昔を懐かしむと同時に、今までのことを語り合った。我々は当時、ぺーぺー同士。当時語り合ったのは、お互いの夢についてだった。
「篠原さんは物書きですよね。ならば、あの時、出会った頃の熱い熱い物書きの篠原さんで勝負してほしい。あの頃のスタッフもそう思ってます」。
確かに。ライオンズクラブなどの肩書きなど、市民派の自分には似つかわしくない。それに、ライオンズは奉仕団体で政治と切り離して考えのはいけない。
私は物書きである。発信者である。
ペンや言葉は、剣より強し。
旧知の友だからこそ、指摘できたことだと大いに反省した。
明日からは、表現者としてさらにパワフルに戦える!
力君、ほんまに、ありがとうな。我々は、あれから随分と遠くに来ることができた。そして、私はここにいる。頑張ります!
0コメント