「おまえは知名度がない」。
最近富に言われること。しかし、広告やマーケティングも仕事にしてきた私は、考える。
知名度の源泉。
いなべ市の市民の方もちと考えて頂きたい。まず、いなべ市には約4万人が暮らす。やはり、旧4町の繋がりは深く、他町との繋がりは職場、また、親戚の流れとなる。加えて、中学、高校の同級生である。
実はそれくらいしか、情報ルートがない。
自営業をやっていて、法人会、商工会、組合などに入れば多少世間は広がる。では、公務員、先生では?サラリーマンではどうか?
しかも、政治に関心があるか否か?
こう考えた場合、知名度とは、一体何をさすのか?
私はかなり顔が広いほうであると思うが、私の子供の校区以外の保護者の方は知らない。男親であるから、ママ友ネットワークもなし。地域の行事は、地域の行事自体があまりないので、関係も希薄である。
さて、70代の高齢者までは、本当に、地縁、血縁について詳しい。座談になると、葬式の話、病気の話から、必ず地縁、血縁の話となる。「誰々と誰々は親戚で、あの家からあの家にはばあさんが嫁にきている」などという会話をずっとしている光景は、珍しくない。何かを常に確認しあっているような空気感。
信託を得た若者は目立つ。しかし、そうでない若者は、そこに住んでいても目立つことはない。頑張って家業を継いでいてもニュース性がなければ目立つことはない。
知名度はいかに作り出されるか?また、知名度とはメディアがない田舎でどんな基準で語られるのか?
特に、何らかの選挙で、選ばれる、選ぶための基準は、そのようなあやふやな知名度なのか?
私には正直、よくわからない。
親が言うから、18歳、19歳も、同じ名前を書かざるを得ないというような強制だけは、やめてほしい。次世代の未来のためには決してならず、若い方に選挙権を与えた意味がなくなってしまう。
私は名もなき野花に気がつき、光を照られるような物書き、政治家でありたい。
地方ライターを選んだ私のそもそもの生き様であるから。
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